私がよく行くコミュニティで一番遠くに在るSan IsidroとTercera。

ヤパカニから、とても状態の良い四駆(重要)で飛ばして、1時間半くらいかなぁ。
両方ともコンドル川を渡らなければつかない地域で、雨が降ったら陸の孤島になる。
雨季にこの川付近で挨拶のように交わされるのは「今日の川の深さ」について。「どのくらい深いの?」と聞くと「いやーそんなに深くないよ、このくらいさ」と、
腰の高さを示す。
そんなところ。

ここに着くまでには同じコンドル川を下流の方でも渡らなければならないんだけど、そこには橋がある。
その橋の建設の時には、
反対運動が起きたんだって。
なぜなら、
橋があったら車や街の人が入ってくるから。みんな静かに暮らすのが好きなんだって。
そんなところ。

コカ栽培が認められているチャパレーのほぼ隣に位置するので、コカの栽培は多い。
3ヶ月毎に軍隊がコカを伐採に入ってくるので、その度に伐採反対ブロッケオが起こる。
そんなところ。
(最近また、軍隊が来たよ。今回は規模がでかくて、キャンプ地が3箇所になっている。)
住民は全て高地からの移民で、3,40年前に来た。ヤパカニ奥地で3,40年前からひっそり暮らしている。。。だからとても、コミュニティは閉鎖的で、当時の田舎そのままなので、
彼らの出身地に今住んでいる人達よりも古い考えを持っていると言われている。
そんなところ。
彼らの多くは、外国からの援助も嫌っているらしい。
自分達の生活を見られたり、それをどこかに報告されたりするんじゃないかってのが、イヤみたい。
もちろん、私のことも良く思ってなかった。挨拶はしてくれるけど、握手なんか「手を握る」ではなく触れる程度で私が一方的に握るだけだったし。

でも一緒に豆の収穫をしたり、畑を耕したり、豆の皮を剥いたりしているうちに
(注:コーヒー巡回に行って、ですよ)
だんだんと本当の意味で仲良くなってきた。今思うと、やっぱり昔は受け入れられてなかったんだなって分かる。
私的に田舎で重要なことは、その人がやっている仕事をやる事。話をする為に来たからと言ってその人の仕事が終わるのを待つのではなく、一段落するまで一緒にやること。
それと、幾ら相手の握手が触れる程度だったとしても、きちんと握ること。一瞬でいいので、しっかり力を入れる。
もう1つは、何を出されても食べること。
これが大事な気がする。
半年前、この2つのコミュニティ合同のお祭りに招待された。小学校で、子供のダンス披露の後、お酒飲んで踊りまくると言う日。
チョリータ(高地原住民女性)の服を持っていったのね、踊るためにさ。
でもちょっとゴタゴタがあって、私はもーーーーーーーーーーやだ!!と思って、
会場から逃げて歩いて帰りだしたの。 ・・・歩いて帰れる距離じゃないんですけどね
その時に一緒に行った友人達がフォローしてコミュニティの人に言ってくれた言い訳は
「サリは踊るつもりでチョリータの服を持ってきたのに、まだ着るなまだ着るなって俺達が止めたから怒ったんだ。だって、踊りの時以外で服を着たら、みんな怒るだろう?」と。【解説】おばさん達は全員、手持ちの服の全てがチョリータ服なんだけど
子供達はチョリータの服は着ていなくて洋服が私服で、踊りのときだけ衣装としてチョリータに着替える。
だから、
普段チョリータじゃない人は踊る為だけにチョリータの格好ができるのであって、踊らないときにチョリータ服を着ていたら「文化を侮辱している」と言って怒る人が多いらしい。
幾ら私が、侮辱じゃなくて本当にチョリータの服を着て皆と一緒に居たいからと言っても、嫌がられてしまう。
・・・3,40年前の、古い考えだから、って理由もあるらしいけど。
えーー嘘だろうって思ったけどね。
幾らなんでも、私が彼女らのことを好きで、しかも彼女らもそれを分かっている事に対しては怒らないだろうって。
でも友達のその言い訳を聞いたみんなは「怒るだろう?」の問いに対して
「あーーそうね」と答えたそうだ・・・ ガーン
最近頂いたごちそう。地鶏のスープ。
たくさんの野菜とお米が具として入っていて、
一緒にユカを頂く。
それが半年前。
そして、同じコミュニティのクリスマスパーティに呼ばれた。こういう大々的な田舎のパーティに呼ばれると言うことは、「ケーキを作るための材料を持ってきて」とか「ステレオ機材を借りるためのお金をカンパして」とかって、パトロンの任務が着いてくる。
クリスマスの私の任務は、サンタさん! 子供に配るプレゼント(お菓子の小さい袋でいいらしい)を持ってきて、と。
120人分くらい・・・
それはともかく、こうしてクリスマスに呼ばれたわけだ。
そしたら今回はなんて言われたと思う?
「始めからチョリータの服着てきていいわよ」って!
すごーーい。私出世したじゃないか!
ここまで来るのに、1年半かかりました。おめでとう、私!